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2004年2月に作成された記事

「みなとみらい線」に乗りました

昨日(2月1日)から開通した「みなとみらい線」に、今日乗ってみました。

今まで東横線で横浜方面へ向かう時は、ずっと地上を走っていったのですが、「東白楽」を過ぎた辺りから電車は地下へ。
横浜駅で下りたら、ホームは地下かなり深いところにあるようで、階段とエスカレーターを乗り継ぐこと数回。
今まではホームから階段を一つ下りるだけでしたので、ちょっと疲れました。
新しい連絡通路もできて便利になったように思えますが、自分がどこにいるのかわからなくなりそう...。
横浜駅がすっかり変わってしまったため、案内板や案内人に群がる人が大勢いました。

その先にできた新しい駅は、ホームのデザインが駅ごとに違うのが面白かったです。
「みなとみらい」駅は青をメインに使って海らしい感じ。
「馬車道」駅はレトロな雰囲気つくりのためか、全体はオレンジ色、駅名もゴシックでなく明朝体。
「日本大通」駅はレンガの雰囲気。

車体も、新しい紫色のバージョンが登場しました。
座席が直接暖房されているようで、座ると暖かいです。
座席の下は大きく開いているので、大きな荷物や重い荷物を入れるのに役立ちそう。
イスには錨や帆船の模様が描かれていて、なかなかお洒落です。
空席もあったのに、立ったまま運転席を覗き込む人が大勢いました。
やはり最初は皆さん、興味津々なのだと思います。

開通まで何年も何年もかかり、本当にできるのかなぁと思っていた地下鉄ですが、とうとうできちゃったんだ~、それだけ自分も年を取ったのかなぁ、と感じました。
今はまだもの珍しい新路線ですが、そのうちにこれが当たり前になっていくのでしょう。
横浜駅での乗り降りにも早く慣れたいと思います。

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さようなら桜木町駅


東京急行の桜木町駅が1月末で無くなりました。
(同時に高島町駅もなくなりましたが、ここでは言及いたしません)
地下鉄みなとみらい線の開通に伴い、東横線のルートが横浜から海側を回って元町へ伸びるためですが、都会の真ん中で乗降客一日10万人という駅が無くなってしまう、というのは大変珍しい例ではないでしょうか。

振り返ってみると、今から20年程前の桜木町は、まだ「みなとみらい21」地区が埋め立てされておらず、駅のすぐ前までドックが迫り、大きな船を電車から間近に見ることができました。
その後、埋め立てが始まってからは、ただただ茶色の土地が広がるばかり。
東横線も、横浜駅で殆どの客が降りてしまい、桜木町駅まで乗っていく人は一台の列車でも両手で数えられるほど、寂しさでした。
私は1986年頃から、帆船日本丸の総帆展帆のボランティアのため、月に何度か桜木町に通っていましたが、何も無い中にポツンと帆船があるだけで、わざわざ見に来るお客もまばらでした。

1989年に「横浜博覧会」が開かれ、人の流れが少しずつ変わってきました。
パビリオンがたたまれた後には、日本一高いランドマークタワー他、たくさんのビルが建ち(バブル崩壊でなかなか予定通りにいかなかったようですが)、気がつくと桜木町は観光とビジネスの人で賑わう駅に。
この20年で、本当に大きく変わったなぁと思います。

大好きな客船を見に大桟橋へ行く時の最寄り駅は桜木町。
駅を下りて、帆船日本丸のマストを見ながら汽車道を通り、赤レンガ倉庫の向こうに船の煙突が見えてくるのを見ながら海に近づいていく30分の道乗りは、長いけれども楽しいものでした。

こうして振り返ってみると、私にとっては思い出深い桜木町駅。
大桟橋の近くに新しい駅はできますが、なんだかやっぱり寂しい気分です。

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近所でぼや騒ぎ


平和な日曜日の昼下がり、遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきました。
通りすぎると思ったら、どんどん近づいてきて、さらにそれが複数に。
無線を聞いてみたら、なんと我が家と同じ町内で火事が起きているよう!
心配になって(野次馬根性含む)外に出てみると、我が家から100mほど離れた2階建てのアパートの1階が現場のようでした。
私が着いたときは炎も煙も見えませんでしたが、放水が続いていて天井から水が滴っている様子だけが見えていました。
幸い延焼もなく、そのすぐ上の部屋は無事だったようです。
でも、火事で燃えなくても水浸しになった部屋はもう住めない気が...。

私の目を引いたのは沢山の消防車。大小あわせて10台以上集まったでしょうか。それぞれに書かれた町名によると、区内からだけでなく、近隣の区からもあわせて6箇所の消防署から来てくれていることがわかりました。
それに加えてパトカーや救急車が集まって近くのバス通りを埋め尽くし、一時は交通渋滞に。
こんなに小さな火事でも、ありとあらゆるところから消防車が集まってくれるということがよくわかりました。

鎮火した後は、近所の消防署の一台だけが残り、あとは次々に引き上げていきます。
と、そこに新たなサイレンの音が。
東京ガスと東京電力の車が現場に到着しました。
現場検証とともに、ガス漏れや漏電がないかチェックするようです。
こうして静かな住宅街に集まった車は10数台、作業する人は100人くらいになったでしょうか。
ピッカピカの真っ赤な消防車や、銀色の上着に酸素ボンベをつけた消防士を間近で見て、子供のように興奮してしまいました。
サイレンが聞こえてから解散するまでは30分ほど。やることが迅速で、よく訓練されているなぁ、という感じを受けました。

幸い大きな火事ではなく、けが人もなく、水浸しの家以外は前と同じ静かな住宅地に戻りました。

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